標本治療法と漢方薬の変遷

東洋医学理論

2023年5月30日。写真は長野県白馬八方尾根です。

三陰三陽の基本病態

三陰三陽ではそれぞれの病位ごとに基本病態があります。
病が陽証では、表から裏へ、上から下へ進行します。
陰証では、下から上へ進行します。

例えば急性肝炎では初期は風邪のような症状を呈します。肝臓疾患ですが初期症状は寒気などの表寒の太陽病の症状が出ます。
黄疸が出て尿がビール色になり傷寒論陽明病篇、二陽の併病、先急後緩の裏熱の陽明病の病態が加わり、治癒できなければ少陽病の柴胡剤の病態へ移行していきます。

日本漢方古方派では全ての病が太陽病から少陽病、陽明病から太陰病、次は少陰病、厥陰病、最後は死へと病位が変化すると考えています。

三陰三陽の病態と症状

  1. 太陽病は表寒の病態。
    よって悪寒や関節痛の症状。
  2. 少陽病は中焦、鳩尾から臍の内臓熱、炎症の半表半裏熱の病態。
    よって胸脇苦満や口中の苦みなどの症状。
  3. 陽明病は下焦、臍より下の内臓熱、炎症の裏熱の病態。
    下焦は3つに分けられます。背側の腎臓、水毒、水分代謝の熱石膏の証。腹側の腸の熱、承気湯証。卵巣の熱、瘀血の証の3つです。
    よって実の腹満、下腹部が張ります、脱水、瘀血などの症状。
  4. 太陰病は下焦の虚、陰証の裏寒の病態。
    よって虚の腹満、腸の弛緩、手足煩熱などの症状。
  5. 少陰病は下焦の虚、陰証、プラス心の臓衰弱の表寒、裏寒の病態。
    よって完穀下痢、心不全傾向、四肢厥冷などの症状。

表寒は太陽病と少陰病

太陽病と少陰病は共に表寒が有ります。そのためどちらの病位でも体表の痛みである関節痛や神経痛が生じます。

太陽病に使用するのは麻黄剤が多く少陰病には附子剤が多くなります。
麻黄は心の臓に対し瀉となり、附子は心の臓に対し補となります。
心の臓が衰弱している少陰病では麻黄の副作用が出やすい状態でもあります。また心の臓の衰弱が少ない場合は附子の副作用が出やすくなります。

しかし身体痛に使用する麻黄の心の臓の瀉を附子の心の臓の補で打ち消している面もあります。
ただ安全な毒消し済みの加工附子にはこの心の臓の補の働きが殆どありませんので、麻黄附子剤の場合の加工附子と麻黄には注意が必要となります。

標本治療にて思う事

標本治療に於いて症状が出ている病態が標治部です。
本治部は病の原因部分ですので、表面に証として現れていない場合も多いです。

標治部だけでなく本治部が判明している場合、本治部も治療したいと思うことがあります。
それを全て行うのは治療者側の我が儘であり、理想でしかありません。

古方派では、先急後緩、先表後裏の理論があります。
本治部より先に急を要する治療点、深い部分より浅い部分を先に治療していく理論です。治す事を第一とする理論です。
また経絡から考えると、手の臓腑から足の臓腑へ、陽の腑から陰の臓へ治療していきます。

例えば、風邪の時には風毒やウイルスなどが本治部です。
発熱などが標治部に成ります。先急であり表である悪寒や発熱を漢方治療すれば、通常ウイルスは自然に消失していきます。

C型肝炎で肝硬変、肝不全に陥った時、漢方では肝炎ウイルスの本治部も大事ですが、先に肝硬変、肝不全の標治部から治療からしていきます。

古方では急性病は、常に先急後緩、先表後裏です。
慢性病では標治部の症状の程度を考えながら、標治法と本治法の治療の割合を考えていきます。
標治部を治療しながら、本治部も同時に治療していければ理想の標本治療法になります。

処方内の標本治療

漢方の標本治療法は標治部と本治部を同時に治療する方法です。

標治部は症状の強い部分、本治部は病の原因部分です。

1つの漢方処方の中でも標本治療法が組み込まれています。

古方の小青竜湯を例にとると

小青竜湯の構成薬味は、桂枝、麻黄、芍薬、甘草、細辛、五味子、乾姜、半夏です。

  • 病の原因の上昇する胃内停水である本治部に対し、半夏が対応します。半夏の力不足を補うには二陳湯と合方します。
  • 鼻炎や咳などの症状の標治部に対し、小青竜湯では桂枝、麻黄、細辛、五味子、乾姜が配合されています。

苓桂朮甘湯を例にとると

苓桂朮甘湯の構成薬味は、茯苓、桂枝、白朮、甘草です。

  • 病の原因の胃内停水である本治部に対し、白朮、茯苓が処方されています。
  • また、症状の気の上衝である標治部に対し、桂枝、甘草が配合されています。

1つの漢方処方内でも標治法と本治法が組み合わされ、標本治療が出来ています。
標本治療は君臣佐使とは見方が異なります。

小宇宙の中に更に小宇宙

この苓桂朮甘湯を更に標治部と捉え、本治部の漢方治療を別にすることがあります。
例えば脳梗塞で顔面麻痺を起こした時に

  • 顔面麻痺の標治部に対し苓桂朮甘湯。
  • 脳梗塞の本治部に甲字湯加味方などです。

大宇宙の中に小宇宙があり、小宇宙の中に更に小宇宙がある。東洋医学の宇宙の入子と同じ構造です。

過ぎ去りし漢方の思い出

桔梗の鑑別は白い物が良品です。
現在の桔梗は少し黄色みがかっています。
水で晒した晒し桔梗は白っぽいです。

私が若い頃の桔梗は真っ白に近かったです。
白い桔梗が良いとなると、硫黄で晒し真っ白にしていたそうです。

田七人参が日本で使われだし40年近く過ぎました。ベトナム戦争の時にベトコンの兵士が傷口に特効薬として使っていた事から広がりました。
日本で熟田七が良いと言われると、中国の方は田七を炭で塗ります。炭で塗った真っ黒になった田七が日本で、もてはやされた時代もありました。

黄連は中が鮮やかな黄色が良品です。黄連は修治で髭根を焼きます。
質の良い和産は非常に高価でした。中国産の5から10倍の価格でした。
中国では良い黄連に見せるため、髭根を焼く時に黄連の内部まで火を通し黄赤色を発色させていました。現在の黄連にも見られます。

当時は偽物も多かったです。
朝鮮人参を例にとると、人参特有の横皺の無い物は偽人参の桔梗だったりしました。私の若い頃は偽物の漢方薬の見分け方なども勉強していました。

最近は、天門冬の偽物、人参の偽物なども見なくなり少し寂しい気もしますが。
その分、過去には見たことも無いくらい質の悪い生薬が横行する世の中になってしまいました。

漢方薬名の付け方

漢方処方は1つの薬方の中に君臣佐使という4つの薬味で構成されている場合が多いです。
君薬は主薬
臣薬は君薬の補助
佐薬は君薬の補助と副作用防止
使薬は佐薬の補助と引薬

漢方薬名には主に君薬の生薬名が付いている処方が数多くあります。
桂枝の桂枝湯
葛根の葛根湯
柴胡の小柴胡湯
白色の石膏で、白い白虎の白虎湯
青色の麻黄で、青い青竜の小青竜湯
など、メインの薬味が処方名になっています。

また一方、漢方処方の働き、薬効が処方名となっている薬方も有ります。
中、内臓を安らかす安中散
温める四物湯と清め冷やす黄連解毒湯の合方は温清飲
中、内臓を補い、気を益す、補中益気湯
皮膚病の原因の風毒、風湿、風熱を消す、消風散などです。

君薬が処方名になっている薬方は、傷寒論の古方に多いです。
薬効が処方名になっている場合は、傷寒論以降の後世方が多くなります。