漢方薬は限局的な働き2

東洋医学概念

2023年2月10日。写真は、山形県蔵王の樹氷です。

漢方薬は限局の働き1から続く

全身に効く漢方薬の方が少ない

すべての漢方薬が全身に効くわけでは有りません。むしろ全身に効く漢方薬の方が少ない。」と思われます。

当帰、川芎の補血薬

血虚に使用する当帰や川芎などにも三焦の上、中、下焦があります。
当帰も川芎も血中の気薬と言われます。
当帰は噛むと甘く、川芎は辛いです。この五味の違いで同じ補血薬でも働きが異なってきます。

気味の厚薄

黄帝内経素問の陰陽応象大論に気味、五気と五味の厚さ薄さの働きが記載されています。

  • 気厚いは、陽中の陽、気の発散
  • 気薄いは、陽中の陰、気の下降
  • 味厚いは、陰中の陰、気の泄利
  • 味薄いは、陰中の陽、気の上衝

東洋医学では、気味の働きを観る重要な理論、要素になります。

当帰の気味

例えば当帰においては、中国産の唐当帰は精油が少し多い、気が厚い傾向にあります。
日本当帰は辛みの精油が少なく、気が薄い、包まれるような穏やかな甘みが強い、味が厚いです。
日本当帰は精油が少なく気が薄いので収に働きます。また甘みが強く味が厚いので裏や下焦に働きます。
当帰は採取後に湯通しして寒風に晒します。お湯の温度と寒風での締りが大事です。
当帰の鑑別は、あの美味しい独特の甘みが強い事です。

川芎の気味

川芎は精油成分が非常に多く、気が厚い刺激のある辛みがあります。辛みの精油成分のため気が厚く散で体表や上焦に働きます。
川芎でも中国産の芎藭などは辛みが強すぎるのも有ります。日本産の川芎は辛みが強すぎる事はありません。
日本の漢方処方は原典と異なり、辛みが強すぎない日本産の川芎に合わせ分量が決められている処方もあります。江戸時代に和産の川芎を使っていたからだと思われます。
日本の処方内容では中国産の川芎は強すぎる可能性があります。
私は個人的に辛みが強すぎる川芎は好みではありません。漢方太陽堂の川芎は強すぎない適度の辛みの川芎を選品します。

五味の働きにより、当帰は下焦の血虚、肝を補血します。
川芎は上焦への引薬で、上焦の血管を拡張し上焦の血行促進をすることで、血虚に対応しています。

中焦に働く柴胡剤

柴胡剤は一部の例外である四逆散などを除けば柴胡、黄芩の組合せです。柴胡剤は中焦に原因がある様々な病に使用されます。
皮膚病でも胃腸病や免疫の異常でも肝機能障害や腎炎、神経症や微熱でも、東洋医学的に中焦に病の原因があれば柴胡剤が使われることが多いです。

柴胡の効果は油

私が若い頃の柴胡は野生の4年根を使用していました。柴胡を煎じると煎じ液の上にうっすらと油が浮いていたのを覚えています。
4年根の柴胡はサイコサポニンが減少し油性成分が増えます。
現在の柴胡は畑で栽培された1、2年根です。

サイコサポニンは毒

柴胡は水捌けが良く日当たりの良い所に咲きます。水捌けの良い所に生育する柴胡が湿を除き、日光の当たる所に生育するため清熱作用を示すのも、この植生のおかげです。
野生の柴胡は4年根以上に育ちますが、畑で栽培すると2年目にセンチュウにより地上茎の地面に近い部分を円く周囲を噛み切られ枯れて行きます。
栽培品の柴胡は、出来るだけ根の皮部分の色が黒褐色で色の濃いものを選ぶ必要があります。サイコサポニンは柴胡の毒です。油分が有効成分です。

傷寒論の故郷の柴胡

20年以上前に傷寒論の著者と言われる張仲景出身の中国南部に行ったことがあります。
現地で生薬市場を回り「柴胡は何処ですか」と聞くと柴胡の葉と茎を指し「柴胡はこれです」と言われました。
雲南中医学院の教授に聞くと「柴胡の根は使わない、今は地上茎を使う。いつの時代から地上茎になったか定かでない」との返答。日本では根しか使いません。
驚きと同時に、この地区では野生の5、6年根、10年根の柴胡が土に埋まっているのだと、野生の柴胡の根が無性に欲しいという欲望が湧いたのを覚えています。

中焦の直ぐ上の上焦に働く瀉心湯

上焦にも上下があります。

東洋医学の脈診に六部定位脈診があります。
手首の肘側直ぐの拍動部で左右3箇所の脈にて病状を把握します。
3箇所は手首側から寸、関、尺でそれぞれ上焦、中焦、下焦に対応しています。

糸練功では手掌の上中下焦を使い六部定位脈診と同じ反応を診ています。

右手、寸は上焦は肺、大腸
右手、関は中焦は脾、胃
右手、尺は下焦は心包、三焦

左手、寸は上焦は心、小腸
左手、関は中焦は肝、胆
左手、尺は下焦は腎、膀胱

右の上焦が肺。左の上焦に心が来ています。
腹診では心は鳩尾付近です。肺は心の上部になります。
脈診と腹診を考えると、右手の臓腑が左手の臓腑よりやや上側にあると考えられます。
同時に、左側に配当される臓腑の心、肝、腎は、右側に配当される臓腑の肺、脾、心包よりも深いと考えられます。

瀉心湯の三焦

黄連、黄芩の組合せに瀉心湯が有ります。
中焦に働く黄芩と上焦の心に働く黄連の組合せは、この心を瀉す治療処方です。
黄連解毒湯や三黄瀉心湯、葛根黄連黄芩湯や半夏瀉心湯、生姜瀉心湯、甘草瀉心湯など有名な処方が多いです。

心に属する黄連は君火、黄芩は胆に属し相火です。
黄連と同じように清熱作用のある黄芩、黄柏、山梔子、柴胡なども相火です。
相火の漢方薬味は日当たりの良い所に育つ傾向にあります。君火の生薬は日陰を好んで生育する傾向があります。
君火、相火は専門家でも理解が難しい概念です、今回は説明を省きます。

陽の黄連、陰の人参。いづれも君火

私は30歳の頃から20年以上、ある県立の薬草園の講師を務めていました。
その薬草園には黄連が栽培されています。黄連は日当たりの悪いこぼれ日の林間に咲いていました。同じ場所に薬用人参も咲いています。

黄連は清熱作用で瀉剤です。薬用人参は逆に身体を温め補剤です。
黄連と薬用人参はどちらも君火に属します。真逆の作用の陰の黄連と陽の薬用人参が同じ環境で育ちます。
陰陽のバランスを取り小宇宙を創ります。

以前に「トリカブトの生えている所には、1坪以内にトリカブトの毒消しが必ずある」と聞いたことがあります。それも小宇宙なのかもしれません。

全身に効く漢方薬は殆どありません

ここまで書きました様に、全身に効く漢方薬は殆どありません。
患者さんの病因、病気の原因の気毒、血毒、水毒が何処にあるかで漢方治療は変わります。

症状で漢方治療を決めるのではありません。症状に基づき病因と病位である三焦、表裏を決めるのです。

三焦、表裏が解ると三陰三陽の病位である太陽、少陽、陽明、太陰、少陰、厥陰が決まります。

病因が三焦の上焦、中焦、下焦のどこに在るか。表裏の表、半表半裏、裏のどこなのか。
足の浮腫みの原因でも。上焦の心機能か、中焦の肝機能か、下焦の腎機能なのか。
同じ病名でも三焦が異なれば。表裏が異なれば。東洋医学の治療法は変わります。

三焦と表裏の概念が無い治療法に頼っていては再現性は有りません。
東洋医学の治療法を決める上で三焦理論、表裏理論がいかに大事かです。